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御代田で一軒、最高級の黒毛和牛を育てる牧場があったなんて!!

「御代田に牧場がある?!」
メディアにもほとんど出ていない、町民でも知る人はほとんどいない激レア情報を入手しました。何でも、役場職員ですら多くの方がその存在を知らないとか。「それはぜひ行ってみたい!」と取材をお願いしました。

馬瀬口の北、民家が並ぶ路地を入っていくと、急に開けた土地があり、牧場の匂いがほのかに漂ってきました。
山林にぐるりと囲まれた広大な敷地。点在する牛舎。これが、御代田町にただ1軒現存する和牛の肥育業者「古越牧場」でした。

待っていてくださったのは、古越牧場を約50年間営まれてきた古越雄(たけし)さん。

古越雄さん。現在の場所で牧場を始めたのは昭和50年だそう。

そして専属の獣医である宮下典幸さん。
お二人はともに牛を育ててきた20年来のパートナーであり、無二の友人でもあります。

獣医の宮下典幸さん。立科町から通ってらっしゃっています。

聞きたいことがありすぎて興奮しながら、事務所に案内いただく私たち。
「よく来てくれたね。ま、お茶飲んでよ」。古越さんは嬉しそうな表情で迎えてくださいました。

「うまいものをつくりたい!」1頭から始めた牧場

ーー早速、この牧場を始めるまでのお話を聞かせていただけますか。
(古越)
私は戦争が始まる年に生まれたんだよ。今は小さいお子さんでも牛肉食べるけどさ、その頃は肉を食べるっていったら飼ってた鶏が歳をとって最期につぶすときくらいだった。

牛肉なんて食べたのはハタチくらいになってから。今まで食べたことないものだったから、うまいなあと思ったね。
親が牛を飼っていたから、牛の最期に解体するために20代から食肉センターに出入りしていたんさ。当時は食肉センターに行くとストーブで大きな釜で肉を煮てたんだよ。先輩がいてうまいぞと勧めてくれて食べたんだよ。今ではそんなことやらないけどな。

魚ではマグロもうまいと思った。昔はしなびたサンマくらいしか食べてなかったからね。
何かものすごくうまいものを作りたいなと思ったとき、マグロは海で泳いでるし苔とか自然のものを食べているわけだから勝負のしようがない。でも牛は2年間手塩にかけて育てるわけだから、これなら勝てるんじゃないかなと思ったんだよね。いろいろ食べて、やっぱ牛肉が一番だなと思ったし。
もっと旨味のある牛肉を何とかしてつくりあげようと思って、一代で始めたわけです。

ーー誰から畜産を教わったんですか?
(古越)
自分でだよ。親からもらった1頭から。20歳のとき。
当時はどこの家でも牛は1頭2頭いたもんさ。トラクターも耕運機もなかったからね。農耕用の赤牛です。たまに搾乳用がいたけど。
馬もいたよね、トラックの代わりじゃないけど、荷物運びや林業で。
子供の頃は肉なんて口にできなかったよね。日本全国で。

(宮下)
食べなかったよね。農耕用や搾乳用で、食用の肥育牛はいなかった。
今ここではF1(※黒毛和種の雄牛×ホルスタイン種の雌牛の交雑種)の黒牛を飼っているんですが、ホルスタインも昔は搾乳用で、ホルスタインの雄は生後すぐ屠殺されていた。でも育てて肉に仕上げたらなかなか美味しいということで、そういう産業も増えてきました。

ーー今こちらでは何頭くらい育てているんですか?
(古越)
だんだん増えて、150から180頭。規模は県内では大きい方です。御代田町内では1軒だけだね。仔牛から約2年育てて、毎月出荷しています。

狂牛病とか伝染病とかが怖いから、人の立ち入りを避けるように保健所からも言われているんだけど、今後は小学生の社会科見学なんかも受け入れていきたいと思っているよ。区画を制限したり工夫してね。

飼料にうまさの秘訣あり

ーー旨味のある牛肉をつくりたいと、どんな努力をされてきたんですか?
(古越)
そこの壁に貼ってあるのを見てよ。牛に食べさせている餌の一覧。これだけのものあげてる所はなかなかないよ。写真に撮ったって構わないよ。

古越牧場で牛に食べさせている餌の成分表。公開して大丈夫なのか……?

ーーえっ!?大事な企業秘密では?
(古越)
配合の「%」が書いてないから大丈夫。今の配合バランスにたどりつくまで10年かかってるんだから。真似できっこないよ。
牛って25ヶ月から30ヶ月くらい育てるわけでしょ。飼料がうまくいかなかったらまた最初からやり直し。時間がかかるんだよな。

(宮下)
自家配(じかはい=自家製で配合する)ってすごく難しいんですよ。成分を調べてちゃんと計算してやらないと、牛に障害が出ちゃう。「ズル」と言って、脂肪に水が入って肉にならない状態になって、せっかくの牛が産業廃棄物になってしまうんです。

(古越)
失敗して、失敗して、失敗の連続だった。失敗すると収入がゼロになるだけじゃなくて、毎日世話にお金がかかってるわけだから大きな赤字になっちゃうんだよね。だからとても苦労してたどり着いた自家配の餌なわけ。

旨味のある肉にするためのアイデアは今でも毎日研究しているよ。りんごを使い、大豆を使い、配合のバランスもね。

ーー初期の頃は、飼料はもっと簡単なものだったんですか?
(古越)
そうだね。一般的には飼料メーカーが誰でもできるように作った配合飼料を使う人もいる。月齢に合わせて決まった量を何㎏とやるだけでいいから簡単だよな。
でもそれだと儲けがほとんど飼料メーカーに取られちゃう。穀類の価格も高騰していて、飼料も値上がりしているから、市販の配合飼料では利益なんか出ないよ。
うちでは自家配で、それぞれの原料も商社直通で安く抑えている。これまで授業料は相当払って、ここまでたどりついたよ。

ーー美味しいお肉を育てるためにも自家配の方がいいんですか?
(古越)
配合飼料は無難に美味しい肉になる。でも特別美味しいものはできないわな。

なかなか手に入らない古越牛

ーー古越牛肉の自慢のポイントはどこにあるんですか?
(古越)
うーん、なんだろうな。まずは見て美しい。そして食べて旨味がある。
今の時代は賞味期限も大事なんだよな。日持ちがしない肉は冷蔵庫でどんどん黒くなってしまう。これも餌の違いなんだよね。

(宮下)
長野は寒暖の差があって、冬に肉が締まって、それが美味しさの秘訣ですね。
昔から、大阪とか京都に持っていくとうまいと評価されてきたんです。個体識別がない時代は、長野県の肉が向こうで関西が産地の肉のように売られていました。それくらい美味しいって人気でね。

(古越)
牛タンも出荷してるけど、うちのはうまいよ。
日本で牛タンって9割が輸入。牛タンの町と言われる仙台でも外国産が結構多い。和牛の牛タンなんてほとんどないんだよ。

ーーうーん、食べてみたいです…。下世話な話、牛タンはおいくらくらいなんですか。
(古越)
肉には格付けがあって、A5が一番上。うちのは、物によるけどA4やA5。
牛タン1.5キロで1万5000円。グラム1000円だわな。高級ロース肉と同じ。
でもここらでは買えないんだわ。都市部でその倍で売れるからね。

(宮下)
旨味が出ると、人気が出て、引き合いが殺到してしまうんですよ。だから現状では関西とか東京に行ってしまうのかもしれないですね。

ーーここの牛は「信州牛」になるんですか?
(古越)
そうだね。信州牛の中にも蓼科牛とか、南信州牛とかいろいろある。うちは信州牛の中の蓼科牛に入るかな。


牛舎を見せてください!

お話を聞いていて牛さんたちに会いたくて仕方なくなってしまった私たち。敷地内を案内していただきました。

か、か、かわいい!!!!! 最初の牛舎にいたのは、数日前にやってきた仔牛たち。

ーー宮下さんから見て、こちらの牧場や牛たちの特徴は何ですか?
(宮下)
環境的には、牛舎を閉め切っておらず空気を通しているところが良いですね。肉質にもいいし、病気の予防にもいいし。
寒いからって閉めてる所も多いんですけど、尿からアンモニアが発生するので、それを吸って生きていると肉質にも影響が出ます。ここは常に風が流れていて、堆肥の匂いもクリーンです。

ーー確かに。思っていたより全然臭くない! 天井も高くて、気持ちのいい牛舎ですね。

天井が高く風が通り抜ける気持ちのいい木造の牛舎。

(古越)
自分たちで木を切ってきて、ぜんぶ自前で建てたんだよ。
万が一感染が出たときに備えて、牛舎は距離をとって、敷地内に点在させています。標高も800mくらいあるから、寒さの中で肉が締まる。冬の寒さの中では、あまり餌を食べないから体重が増えないですよ。これで肉が締まって旨味が増す。

果物でも野菜でも、寒いと自分を守ろうと糖分、つまり旨味を出して、体内に蓄えようとするんだよね。この前テレビで、北信の方で雪中キャベツってやってるの見たけど、それと同じだわな。

広大な敷地に大きな牛舎が6つ。浅間山もくっきり見える。

ーーそれにしても、まさか御代田町の中にこんな空間が広がってるなんて、驚きました。
(古越)
6000坪くらいかな。先祖から譲り受けた土地があったんでね。少しずつ周りを買い取って倍くらいに広げました。

ここは水が豊富なんですよ。敷地ん中に湧き出ているの。牛はものすごく水を飲むから、それがタダで済んでいるのはありがたいですね。美味しいミネラルの硬水。これも肉が美味しい秘訣かもしれないね。

敷地内にミネラル豊富で美味しい湧水が。これもお肉の美味しさの秘密かも。

ーー牛たち、かわいいですよね。情がわいちゃったりしないですか?
(古越)
2年間手塩にかけて育てたら、それは情もわくよ。
でもね、経済動物だからね。待ってる人もいるからね。

牛も人になつくんだよ。表情でだいたい分かるわ。
あなたたちを歓迎してる顔してらあ。

私たちが通ると興味津々で顔を出してくれる牛たち。可愛くて仕方なかった。

(宮下)
嫌な人だと逃げていくんですよ。それが私。治療で注射をしたりするから、「痛いことする人だ」って牛も分かってるんですよ。
隙間から覗いて様子を伺って、近づくと逃げます。ははは。助けてあげてるんだけどねえ。

牛の命をいただくということ

(古越)
牛って、腹八分まで食べて自然の中でのびのび育ったら、そう病気にはならないもの。でもそれでは人間にとって美味しい肉にならないの。腹12分くらい食べさせて、運動もあまりさせないで育てないと。運動させると筋肉質になって固くなっちゃうんだから。

そんな状況下にあるから病気とは隣り合わせ。獣医はなくてはならない人です。宮下さんに一命を取り留めてもらったことも何度あるか。

広い牧場でいい水飲ませて育ててたら15年から20年生きる動物なのに、それを2年ちょっとで命をいただくんだから。
肉だって魚だって、米だってそうだよ、稲穂がついて次に子孫を残すためにモミをつけてる。それを人間様が刈り取っちゃうんだから。みんな食事の前には「いただきます」をちゃんと言ってほしいなって思うよ。

ーーそう考えると、人間って野蛮な動物なのかもしれないですね……。
(古越)
人間くらい野蛮なものはないよ。でもそうしないと人間が生きていけないもん。もちろんお参りも行くし、毎年11月には蓄魂祭ってのがあって、手合わせているよ。

古越牧場のお肉が食べたい!

ーーそんなお話のあとになんですが…古越さんのお肉が食べたいです!町民はどこで買えるんですか?
(古越)
今は卸業者に卸していて、直接の小売はしてないんだよね。
軽井沢の佐藤肉店、あそこでは売ってるかもな。
飲食店では、小諸の御影にある「海賊船」。古越牧場の肉だとメニューに出ているらしいけど、どうかな。
あとは関西にイズミヤって大きなスーパーチェーンがあって、そこに多く卸されてるらしいよ。

(宮下)
牛肉には全頭、個体識別番号というのがついているので、調べることができるんですよ。パックの牛肉でも書いてありますよ。
店頭に蓼科牛があったら、その場で「牛 個体識別」と入れて検索すると、チェックできるサイトがあるので、個体識別番号10桁入れてみてください。もしかしたら古越牧場と出るかもしれない。

ーーそしたらきっと「キター!」と叫んでしまいますね。

古越牧場のお肉が、ふるさと納税で手に入る!
なんと令和4年4月から御代田町ふるさと納税の返礼品に古越牧場の商品が登場しました。
切り落とし、ロース、モモ、ヒレ、ハンバーグなど18種類のラインナップが登場しています。間違いなく手に入るのがふるさと納税です!
https://www.satofull.jp/products/detail.php?product_id=1297025

ーー古越さんは、日本の食肉の黎明期から牛作りを始めて50年なんですね。
(古越)
そういうことですな。あっという間にすぎました。試行錯誤で。
牛肉自体の質も、全国的に上がっているんじゃないかな。
アメリカ産、オーストラリア産ってあるけど、やっぱり食べたら全然違うもん。
和牛ってのは世界一だってよく言われるよね。

ーー熱い気持ちを感じますね。牛肉愛というか、牛愛というか。
(宮下)
古越さん、熱心にやってるからね。



美味しい肉を作りたいという情熱、試行錯誤、牛への温かいまなざし。牛たちが人なつっこくて可愛くて、食べてしまうのは可哀想だけど、お二人のもとで育つ牛たちは幸せだなあと思ったり。

御代田町にたった一軒。しかも最高に美味しい牛肉。
すごい秘密を知ってしまったような興奮と、一度でいいから食べてみたい欲求が入り混じり、帰り道の私たちは無言でした。とにかく今日から「いただきます」はちゃんと言うぞと心に決めたのでした。

古越さん、宮下さん、貴重なお話をありがとうございました!!!


取材・文:本間美和


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