元ホテルシェフが生み出す、地球生命に帰られる菜食コース料理
長野県御代田町にあるpas à pas(パザパ)さんは、植物素材だけで作られる完全菜食料理のレストラン。
動物性のお出汁も乳製品も使用していないので、体質や思想や、宗教的な理由で食べられないものが多いヴィーガンの方にも対応されています。
お店の名前、pas à pas(パザパ)とは、フランス語で、「一歩一歩」という意味だそうです。
私は移住後まもなく何人かの友人にオススメされ、食事に行ってみて、大変衝撃を受けました。
その驚きをみなさまにも感じていただくために、まずは、pas à pasさんのお料理のお写真を見ていただきましょう。
一品一品がまるでアートのような美しいお料理に思わず嘆息します。
お肉を食べなくなって13年の私も、こんな菜食料理に出会ったのは初めてです。
今回の「みよた町民note」は、ベジタリアンの私が、このアートのような食事の秘密と菜食料理の魅力にグイっとせまって参ります。。!
一期一会の野菜でつくる「食べるアート」
ーーpas à pasさんのお料理は、華やかでヴィーガン料理ということを忘れてしまうようなお食事ですね。
五十嵐シェフ:
「ありがとうございます。ヴィーガン料理というと、どうしても「地味でシンプルな味付け」という印象があると思うのですが、見た目にも楽しめて、季節の彩を感じられるお料理を提供したいんです。」
一品運ばれるごとに、テーブルが華やかになって、思わず「わー!」と声を上げてしまうようなお料理たち。
そして、ヴィーガン料理としては珍しいコース料理となっています。
早苗さん:
「プレートではなくて、コース料理にしているのは、温かいものを温かいうちに食べていただきたいですし、一品一品を、目からも口からも味わってお話をして、と、食事全体を楽しんでいただきたい思いからなんです。品数も多いので、お野菜だけのコース料理でも、男性の方でも物足りないということはなくて、満足して帰っていただけるのが私たちとしても喜びです。」
食事をする、というのは、見て、嗅いで、味わって、食感を味わって、周りの物音や音楽、人の話し声、場所の雰囲気、いろいろなものを全身で味わう「五感運動」のような行為なのだと思えてきました。
そして、それを、普段いかに小さな感覚でしか、味わえていないかを痛感します。
ーーpas à pasさんのメニューは完全オリジナルで、毎月入れ替わるということ。
お野菜だけでこれだけのコース料理メニューを毎月つくるのは、なかなか大変ではないでしょうか。
五十嵐シェフ:
「野菜は季節ごとに変わるので、メニューもそれに合わせて変わるんですね。年間通して変わらず流通しているお肉なんかと違って、本当に野菜は一期一会です。直売所で、この野菜いいな、と思っても、1週間後にはないこともありますし、天候で今年は採れません、ということがあるので、そこは難しいですね。」
確かに、スーパーに行けば冬でもトマトもキュウリもある現代では、野菜は自然の中では季節によって採れない時期がある、ということを忘れてしまいそうです。
今日出会うレタスとは、明後日では出会えないかもしれない。
だからこそ、いまここで出会えた喜びをかみしめ、旬のひとときを楽しむ菜食料理は、その感覚を一層味わえるお料理なのかもしれません。
とはいえ、提供する側からしたら、苦労ばかり増えてしまうのではないでしょうか・・・。
そもそも菜食料理レストランを開くに至った経緯をお伺いしました。
ホテルのシェフから、自然農、菜食の世界へ
五十嵐シェフ:
「もともとは、ホテルのシェフを26年していたんです。」
ーー26年・・・! そこから、いったいどんな転機があったのでしょうか?
五十嵐シェフ:
「ホテルでも時々、海外の方で、アレルギーや宗教的な理由などで食べられないものがある方がいらっしゃって、10年前くらいだと思いますが、当時は、ホテルのサービスの人も、ベジタリアンとか、ヴィーガンと言われても、それが何なのか分からず対応できなくてお断りするような状態だったんですね。
けれど、いやいやそれではいけない、そういう方にも食事を楽しんでいただきたいと、別の会場に全部野菜料理でのビュッフェを用意するということをしていましたね。」
なんと、お優しい・・・。
私が、お肉を食べるのをやめたのが13年前ですが、当時は、周囲にベジタリアンは一人もいませんでしたし、だいたいは肩身の狭い思いをしてきたので、そんな対応をしてくださったら泣いてしまいそうです。
五十嵐シェフ:
「その頃、妻から自然農という世界があることを聞いて、安曇野のシャンティクティで月に1度行われていたパーマカルチャー塾に一年間通ったんです。」
早苗さん:
「ホテルの仕事をやめるつもりはなかったのですが、シャンティクティではドキュメンタリー映画上映会なども行っていて、食にまつわるアレルギーや宗教的なことや、アニマルライツのことなんかも学んでいくうちに、いままで見えてこなかったことが見えてきて、食に携わる者として何ができるのか、ということを考えるようになりまして・・・自宅を改装して小さく始めたのが5年前です。」
菜食料理は、誰もが同じテーブルにつける平和な食事
10年以上前、急に一人でお肉を食べないことを始めた私は、不思議がられたし、どちらかというと「(理解できない特有のこだわりをもった)変人」のカテゴリにありました。
それが、この2年ほどで、ヴィーガン、ベジタリアンという言葉をよく聞くようになったし、急に社会の風当たりがやさしくなった気がしていました。
ーーそうした社会の変化は感じますか?
早苗さん:
「ここ1,2年は、急激に変化したと感じていますね。ただ、先日も小さい頃から野菜しか食べたことがないです、という方が来られて、大変喜んでお帰りになったあとに手紙までくださいました。そういう方も、知らなくて見えていないだけで、いることはいるんだと思います。」
ヴィーガンの割合は、日本では4〜5%程だそうですが、ヨーロッパやオーストラリアでは10%、10人に1人はいることになります。
それだけ食や環境問題などに、関心を持つ人が増えているということですね。
早苗さん:
「そうですね。ただ、私たちは菜食をなにか普通と違って特別なことにしたいわけではないんです。違いをつくりたいわけではなくて、むしろ隔たりをなくて、同じテーブルにつける場としての食事を提供したいと思っています。菜食料理というのは、食べられる人が多い、一番平和な食事だと思うんですね。」
五十嵐シェフ:
「食事というのは、これが良い・悪いということはないですからね。」
本当ですね!
自分が美味しいと感じながら食べることが一番身体にとっては「良い」のだと思います。
そのうえで、食事の輪に入れない人が少ない、というのはとても平和的ですね。
生命全部を食べてもらいたい
ーーpas à pasさんならではの、なにかこだわりというのはありますか?
早苗さん:
「おそうじパンといって、最後お皿に残ったソースまでもお皿に何もない状態にできるようにしているのですが、それは、環境配慮の意味合いもありますが、生命全部を食べてもらいたい思いがあってそうしています。」
植物もきのこも、ひとつひとつの生命。
私たちは食事の際、食べ物を噛み、その食べ物を生命に変えますが、そのカミ(噛み)は、神(カミ)と、語源を同じくしていると、日本文化・古代文化の研究をされている中西進先生はおっしゃっていました。アイヌ語では、神(カミ)をカムイと呼びます。
食事が、小さな生命をとりこみ、新しい素材の集合体である「わたし」という別の生命になっていく変容の儀式のようなものだとしたら、こうして一口一口、大切に噛みしめたいものです。
初心に帰られる「五十嵐さんの野菜テリーヌ」
五十嵐シェフ:
「もうひとつ、実は前菜はテリーヌを、というのは決めているんです。」
ーーそれは、なにか理由があるのでしょうか?
五十嵐シェフ:
「この食の世界に入ってから、最初は、雑用ばかりでサラダ場くらいしかさせてもらえなかったのが、あるとき、親方に初めて、『やってみろ』と言われて作ったのがテリーヌだったんです。そのときの楽しかった記憶、感動がやはりいまでもあるんですね。」
ーーいいですね! ”初心に帰られる五十嵐さんのテリーヌ”。ヴィーガンでテリーヌというのは、珍しいですよね。
五十嵐シェフ:
「そうですね。ゼラチンも豚の脂肪なので使わず、寒天や葛粉をつかったり、固めるのではなくオーブンで焼いたり、つなぎとしてホタテを使うところを豆腐でやったり、アレンジを重ねて野菜だけでどうにか形をつくっています。」
五十嵐シェフ:
「7,8月は、野菜をすごく高く積み上げたものの水分を抜くだけのテリーヌというのもやっています。でも、12月だけは野菜が揃わないのでできないのです。」
四季豊かな日本で、自然に沿って生きれば、1年中はできないことがある。
少し前では当たり前だったその感覚を忘れてしまうくらい、何もかもが流通し、便利になった世の中で、野菜のテリーヌをつくれない12月というのもなんだか尊く思えてきます。
そして、テリーヌがつくれない12月、その代わりに登場するのは・・・
・・・ベジフォアグラ!!!
お豆腐や酒粕などが入っているそうですが、よく見かける豆腐ハンバーグとかとは全く違うトロリとなめらかな食感。
全くどうしてこんなことが可能なのか、不思議の世界へ迷い込んだような気持ちがしてきます。
お隣には、木の形をした小さくて可愛らしいノエル。
白いクリームのように見えるジャガイモのなかには甘いカボチャが。星が散りばめられていて、そのままスイーツにもなりそうな一品。
野菜のエスカベッシュのなかには、まるでイカのような食感の食べ物が。
聞いてみますと、こんにゃくだそうです。小さく切り込みを入れて茹でることで、この食感をつくっているのだとか。
一般主婦の発想からは、とても考えつきません。。!
ーーどのようにこんなクリエイティブにお料理をできるのでしょう。
五十嵐シェフ:
「うーん、なんでしょう。・・・・・・。
あまり、考えたことがないですね。(笑)」
ーー・・・!!
でも、確かに、思考してつくっているというよりは、手を動かしながら、喜びのなかで生まれくる料理を迎え入れているような雰囲気です。
五十嵐シェフ:
「高級食材を扱うホテルでは、上等なお肉を塩コショウで焼くだけで一品になりますが、菜食コース料理となるとそうもいきません。香りと食感を感じながら、あーでもないこーでもないと、足し算引き算して、思い描いているものに近づけていく感じです。考えすぎると行き詰まってしまうので、まずやってみる、の繰り返しです。」
ーー大変な試行錯誤だと思いますが、その葛藤のプロセスすら歓迎し、楽しまれているような・・・?
五十嵐シェフ:
「そうですね。自分が楽しくないとできないでしょうね。」
そう、爽やかに微笑えむ五十嵐シェフ。
自然の巡りの中で、一番野菜が自然でいられるように、人も喜ぶように、創意工夫をこらしながらも、そのクリエイティブな作業を楽しんでいる様子にあたたかい気持ちになり、なんだか私までお料理を楽しみたくなってきました。
美しい料理への一歩は、料理同士の空間
ーー普段の家庭の食事で、ここまでのことをするのはなかなか難しいとは感じますが、盛り付けなど何か家でもできる工夫やコツはないでしょうか??
五十嵐シェフ:
「お料理の盛り付けは、高く盛るのが基本なので、まずは、盛り付けに高さを出すのと、一つ一つ間隔をあけて配置するとキレイに仕上がりますよ。」
縦に横に、空間を感じながら配置していくお料理。まるで生け花の世界のようです。
おうちで挑戦してみたいと思います! みなさまもぜひ・・・!!
地域に愛され、支えられ、生命はまた巡る
ーーところで、飲食店としては、この一年はコロナ下で大変だったと思いますが、いかがでしょうか。
早苗さん:
「本当に昨年はどうしようかという感じでした。でも、誰が悪いわけでもないし、世界中が同じ状況だったわけですから、本当に仕方ないですよね。いまも大変は大変ですが、あの時を乗り越えられたのだから、なんとかやっていけるだろうと思います。」
「仕方ない。」
表情とはうらはらに、サラリと響くその言葉。
人生にはときおり、仕方ない、と受け入れるしかできないようなことが降り掛かってくることがあります。
そこで、不平不満をもらし、誰かに責任を求めたりするのではなく、ただ、ありのまま「仕方ない」と受け止める。それは、普段、自然の巡りのなかで生きる野菜と共に生きているからこそ、備わっている感覚であるようにも思えました。
早苗さん:
「大変なときでも来てくださる方がいて、本当に地域のみなさんに助けられていまがあります。」
大変だったのでは・・・?と私は質問をしたのですが、大変さよりも、切実な感謝の気持ちの言葉を一枚一枚丁寧に重ねるように語られる姿に、あぁ、私もそんなふうに地域の大切なお店を支え合う一人になりたいな・・・と静かなる思いを胸に刻みました。
人も、野菜も、あるいは世界のあらゆる出来事さえ、たったひとつの生命として丁寧に出会っていく、そんな五十嵐さんがご夫妻が提供してくださるお料理は、世界にたった一人の「わたし」という存在をとても大切に迎えいれてくれます。
季節が巡ることを、自然と共にあることを、地球の生命あるものを祝福するような食事の時間。
その時間が、お料理が、私たちを”自然なるもの”として大切にプロセスしてくれる。
そんな風に感じられました。
御代田に遊びに来られる際には、ぜひ、この感動を味わいに訪問してみてくださいね。
御代田町、ふるさと納税返礼品には、菜食料理 pas à pas(パザパ)のお食事券、焼き菓子セットがあります。
■ランチお食事券
■ディナーお食事券
また、pas à pas特製、御代田町で栽培されているスペルト小麦を使った焼き菓子もあります。
■ヴィーガン・マクロビ 焼き菓子詰め合わせ
スペルト小麦は、収穫量をあげるため品種改良を重ねた一般的な小麦と違い、グルテン含有量の少ない古代種の小麦で、胃にもたれずスッキリとした食べ心地です。ぜひご賞味ください。
[編集・文:兼松 真紀]